「頑張ってもしあわせを感じられない」その原因は、命の始点に残る「バーストラウマ」という記憶

がんばって、何かを成し遂げたとしても

たとえはたから見たら
順調に見えていたとしても

ふとした瞬間に


胸の奥にぽっかりと
埋まらない穴が空いているように
感じることはありませんか?

 

「私はここに
いていいのだろうか」

「誰にも愛されず
ずっと孤独なままなのではないだろうか」

そんな思いがずっと心の深いところに
あるとしたら


もしかしたらそれは

あなたが言葉を
覚えるよりもっと前。

命が始まったばかりの
遠い記憶の底から
響いているのかもしれません。

 

今日は

一般的にはあまり知られることのない
私たちの生きづらさの根っこにある
「バーストラウマ」について
お話ししたいと思います。

 

「言葉にならない記憶」

私たちはよく
ネガティブな気持ちを
「自分の性格のせい」だと
思い込んでしまいます。

 

心配性だから。
本当は自信がないから。

考えすぎたり
すぐに傷つく性格だから。

 

でももし
それが“性格”ではなく

あなたの身体に
生まれたときに刻まれた
不安や怖れ

「この世界は安全ではないかもしれない」

そんな言葉にならない記憶が原因だとしたら
どうでしょうか ––

 

バーストラウマとは
胎児期から出産の間に受けた

「言葉になる前の衝撃」
のこと。

 

まだ言葉も思考もない
小さな命にとっては

お母さんの不安や緊張
出産の苦しさ
生まれてすぐに、心地よい母親の肌のぬくもりから
引き離されてしまうことは

「自分は生まれてきてよかったの?」



そんな強い不安や恐怖として
身体に刻まれてしまいます。

 

この感情は
頭でたどることができる“記憶”ではなく

“身体の感覚”として
最も深いところに残って
生きることの土台となります。

 

そして大人になっても
理由の分からない不安や
心の奥の無価値感となって

あなたの人生の奥のほうで
かすかな音として
鳴り続けているのです。


10歳の私の体験から

少しだけ
私自身のことを
お話しさせてくださいね。

 

過去の私はずっと
どれだけ頑張っても
心のどこかが満たされない

「心に穴があいたような孤独」を
抱えて生きていました。

 

外でいくら明るくふるまっていても
胸の奥ではいつも

「私は役に立たなければ愛されない」
「誰かに価値を認められなければ、
生きていいと思えない」

そう感じていたように思います。

 

こんなことがありました。

私がまだ小学生だった頃
母に連れられて行った
東京のにぎやかなビル街で

ほんの少しの間
一人で待つことになったとき。

 

実際には母の
用事が長引いただけだったのに

約束の時間を過ぎても現れないことに

私の全身を襲ったのは
たったひとつの思いでした。

 

「私は捨てられたんだ」

 

今思えば
大人からみれば
些細な出来事です。

でもあの瞬間の私にとって
それは“確かな絶望”でした。

 

あの絶望の理由が
今なら分かります。

私の命の始まりにあった

「価値がない私は、
いつか捨てられるかもしれない」


そんな深い不安が

目の前の出来事と重なって
顔をのぞかせたのです。

「どれだけ泣いても誰も来てくれない」
「世界は冷たくて怖いところだ」


抱っこをしない子育て法を
実践していた母に育てられた

赤ちゃんの時の私が
ぎゅっと抱えてしまった身体の記憶は

大人になった私の人間関係や
苦しいパートナーシップにも
静かに影響し続けていたのだと思います。

バーストラウマってどんなもの?


ここからは少し具体的に
バーストラウマが作られる主な原因と

私が実際に辿った癒しの道のりについて
書いてみたいと思います。


バーストラウマが作られる具体的な原因

バーストラウマは、
いつ、どのようにして
作られるのでしょうか。

冒頭では

「言葉を覚える前の記憶」と
書きましたが

ここではもう少し詳しく
見ていきましょう。

胎内期のトラウマ

お母さんのお腹の中にいる頃、
赤ちゃんは
お母さんの感情を
そのまま感じています。

お母さんが
不安を感じているとき

赤ちゃんも同じように
不安を感じます。

お母さんが
「この子を産んで大丈夫かな…」
と心配しているとき。

その小さな身体は、
お母さんの心音や血流の変化
体の緊張を通して


その不安を記憶として
残してしまうことがあります。

妊娠中の事故や病気
夫婦関係のトラブル
経済的な不安

それらもまた、
お腹の中の赤ちゃんに
伝わっていきます。

まだ言葉も思考もない頃なので、
「何が起きているのか」を
理解することはできません。

ただ、感覚として

「ここは安全ではない」
「私は歓迎されていない」

そんな記憶が
身体の深いところに
残っていくことがある、
ということです。

出産時のトラウマ

産道を通るときの
苦しさや恐怖も、
バーストラウマに
関わっていることがあります。

出産のとき、身体の中では
環境が大きく変わります。

子宮がきゅっと収縮すると、
赤ちゃんに届く血液や酸素が
一時的に少なくなることも
あるそうです。

暗くて狭い道を通り、
いきなり外の世界へ。

その変化を
赤ちゃんの身体が
“命がけ”のように感じても、
不思議ではありません。

長時間の陣痛
難産
緊急帝王切開や吸引分娩などの
医療的な介入

それらすべてが
小さな身体にとっては
とても大きな出来事です。

特に、
生まれてすぐに
お母さんに抱っこされなかった場合。

「私は世界に受け入れられないのでは」
という感覚が
深く刻まれることがあります。

未熟児として生まれ、
すぐに保育器に入れられた場合も
同じです。

生まれてすぐに
お母さんと離れ離れになることは、
小さな命にとって
「見捨てられた」という感覚として
記憶されます。

出産時の
お母さんの恐怖や痛みも、
私たちに伝わります。

お母さんが
「もう無理」と感じた瞬間、
赤ちゃんも同じように
「もう無理かも」と
感じてしまうことがあるのです。

出生直後のトラウマ

生まれてすぐの環境も
大切です。

お腹の中の、
温かくて守られた
ゆりかごの中から、

急にさらされる強い照明
知らない人たちの声
初めて自分の体を
誰かに触れられる強い刺激

そんな急激な環境の変化の中で、
お母さんの声から離れて
過ごさなければならない
新生児室の時間 –––

お母さんが
産後うつになったり、
育児に不安を感じていたりすると、
その不安は
赤ちゃんに伝わります。

母乳が出なかったり、
赤ちゃんがうまく飲めなかったりした場合も、


「私はうまく受け取れない」
「私はうまく生きられない」


そんな感覚が
生まれることがあります。

家族の反応もまた
影響します。

望まれない妊娠だった場合、
家族の困惑や戸惑いが
赤ちゃんに伝わります。

「私は歓迎されていない」
「私が生まれてきて、よかったのだろうか」

そんな感覚が
言葉になる前の身体に
残っていくことがあります。

生後3ヶ月ごろまで

バーストラウマは
“生まれる瞬間”だけではなく、
生後しばらくの体験とも
重なって育つことがある、
と言われています。

泣いても抱っこされる機会が
少なかったり

抱き方の関係で
お母さんの心臓の音が
あまり聞こえなかったり

母乳を飲めたかどうかも、
その子の体験として
深く残る場合があります。

出産のかたちと、“心の感度”

ここはとても大切なので、
最初にお伝えしておきますね。

出産の方法だけで、
性格のすべてが決まる、
という話ではありません。

人は本当に複雑で、
その後の愛情や環境で
いくらでも変わっていきます。

ただ、出生前後の体験が
“心の感度”(感じやすさの下地)に
影響することがある、
という見方があります。

たとえば。

医療介入の少ない
自然な経膣分娩で生まれた方は、
「自分の力で出てきた」
という感覚を持ちやすい、
と言われることがあります。

反対に、
麻酔や鎮痛が使われた出産では、
感覚がぼんやりして、
最初の絆づくりが
少し難しく感じることも
あるそうです。

陣痛促進剤などで
子宮の自然なリズムが変わると、
赤ちゃんの身体が受け取るペースが
乱れるように感じる場合もあります。

鉗子(かんし)などで
外から引き出された経験がある方は、
触れられることに
緊張が出やすい、
という話もあります。

(私自身もまさにそうでした)

帝王切開も、
陣痛を途中まで経験したか、
最初から帝王切開の予定だったかで、
感じ方が分かれることがある、
と言われています。

へその緒が首に絡んでいた。
逆子で、お腹の中での矯正を
何度も受けた。

そうしたことも、
その人の“感じやすさ”に
影響することがあるようです。

でも、繰り返しますね。

これは出産の形だけで
「だからこうなる」と
決めつける話ではありません。

もしあなたが、
長い間自分を責めてきたのなら、
その理由が
あなたの“性格”ではない場所にも
あるかもしれない。


そんな一つの視点です。


バーストラウマが人生に与える影響

バーストラウマは、
私たちの人生に
どんな影響を与えるのでしょうか。

心の深い部分で感じている
「無価値感」や「孤独感」は、
あなたの性格や
幼少期のトラウマだけの問題ではなく、
小さな身体に刻み込まれた
感覚的な記憶なのかもしれません。

バーストラウマが
大きいか小さいかは、
誰かと比べるものではありません。

そして、
外から見て順風満帆に見える方も、
気づかないところで
影響を受けていることがあります。

たとえば、こんな形で

そしてその奥で、
こんな思い込みが
静かに回り続けることもあります。

「私は生まれてきてはいけなかったのでは」
「私には価値がないのかも」
「誰からも必要とされない」
「愛されない」
「どうせ私は…」

もし心の中で
こんな声が聞こえているとしても

それはあなたが弱いからではなく

心の最も深い場所にある記憶が
反応しているだけなのです。

見捨てられ不安

私が高校生の時に感じていたような

「自分がいてもいなくても、
親は何とも思っていない」

そんな思い込みは、
バーストラウマから
生まれていることも多いです。

そのような場合、
人間関係でも
「いつか見捨てられる」という不安が
常につきまといます。

相手が少しでも冷たい態度を取ると、
「やっぱり私は愛されない」
と、胸がきゅっとなることがあります。

過剰適応

「頑張らなければ認められない」
「期待に応えなければ
存在してはいけない」

そんな思いで
頑張り続けてしまうことも、
バーストラウマの影響です。

「あなたが生まれてきてよかった」
そう親に感じてもらうために、

常に完璧でいなければならない。
良い子でいなければならない。

そんな感覚が
心の奥底に眠っています。

身体症状

バーストラウマは
身体にも影響することがあります。

慢性的な疲労。
不眠。
過緊張…。

常に身体が
緊張状態(サバイバルモード)にあるのは、
「この世界は安全ではない」という感覚が
身体の中に残っていることが
あるから。

HSPやエンパスとの関連

特にHSPやエンパスなどの
繊細な方は、
お腹の中にいる頃から
お母さんの不安や緊張を
そのまま受け取りやすいと考えられます。

五感の刺激にも敏感なため、
出生時のバーストラウマの影響も
強く受けやすい傾向があると思います。

「私は生まれてきて、
よかったのだろうか?」

そんな無意識の不安を
抱えやすいのです。


私が辿った癒しの道のり

今から20年ほど前のこと。

あまりにもつらい離婚を体験して、
生きづらさを何とかしたくて、
私は何年もの間
いろいろな場所へ足を運んでいました。

でも、どうしても拭えない
“心の底に張り付いたような孤独”と、
“自分が悪い。
自分にはきっと価値がないんだ…”

そんな根深い感覚が、
心の深い層に
根を張っているようでした。

試したけれど届かなかった方法

さまざまなセラピーやヒーリング
代替医療、波動療法、身体療法
自己啓発や心理学系のセミナー

思い返すと、
数えるだけでも
40種類以上の手法を
試してきたことになります。

もちろん、
一時的に楽になったと感じるものも
ありました。

深い学びが残ったものもありますし、
体感として
わかりやすい浄化を感じたことも
ありました。

それでも、
心の底の虚しさや、
自分に対する不足感が
根っこから変わった、
という感覚には
どうしても辿り着けませんでした。

「私は価値がある」
「もう幸せになっていい」

そう思いたくても、
心のどこかで
「本当はそうじゃない」
という声が聞こえてきます。

何かひとつ
欲しいものを手に入れても、
どこかで何かを
犠牲にしなければならないような現実。

結局、ぜんぶは
手に入らないのかもしれない。
それが人生なのかもしれない。

そんな諦めが
胸の奥に生まれていました。

なぜ、肝心なところに
変化が届かなかったのか?

それは、バーストラウマが
思考や言葉では届かない
場所にあるからです。

記憶というよりも、
「感覚」として身体の奥深くに
刻まれているため

頭でいくら理解しても、
感情のカタルシス(浄化)が起きても、
潜在意識に潜っても

命の根っこの傷が
癒されることはなかったということです。

転機となった出会い

そんなとき、
知り合いの紹介で
バーストラウマを癒すヒーリングに
出会いました。

最初は半信半疑でした。

でも同時に、
「もう、やれることは全部やり尽くした」
そんな感覚も
どこかにありました。

「これでだめなら、もうやめよう」

半分は、
「どうせ無理だろう」という
投げやりな気持ちも
あったように思います。

そのセッションは、
施術者に会うことも、
話すこともなく

自宅で
週に一回ずつ“受け取る”だけの
とてもシンプルなものでした。

派手なことは何もなく、
静かで、淡々とした時間。

でも、自分でも気づかないうちに

これまで動くことがなかった
心の「深い地層」が
静かに動きはじめていました。

変化のプロセス

ヒーリングが1クール終了すると、
私の人生は
思いがけない流れに
運ばれていきます。

予定していなかった妊娠がわかり、
その直後に
東日本大震災が起きました。

「この子を
安心できる場所で産みたい」
その思いが
日に日に強くなって、
混乱している日本を離れることを
決めました。

あまりにも大きな急展開で、
ヒーリングの効果を
ゆっくり味わう暇も
なかったのが正直なところです。

でも、今振り返ると、
その“急展開”そのものが
ヒーリングがもたらした奇跡だったのかも

そんなふうにも感じています。

上の子どもたちを連れて、
当時のパートナーと離れて
単身、海外へ。

未知の世界に飛び込めたのは、
「何があってもこの命を守る」
という強い願いと同時に、

どこかで
自分の生きる力を
信じられていたからかもしれません。

それはきっと、

深いところで
「この世界は安全な場所かもしれない」と
感じられるようになっていた
ということだったのだと思います。

実はそれまでは、

大きな決断をするたびに
心のどこかで
親の承認が必要だと
思い込んでいたように思います。

でも、そのときは違いました。

反対されることを想定しながら、
日本を出る直前に
「これから海外に行きます」
「出産も向こうで迎えます」
と連絡を入れて、
そのまま出国しました。

私にとって

単身での子連れ海外移住は、
親の価値観に無自覚に縛られていた
それまでの人生からの

“生まれ直し”を象徴するような
大きな一歩だったのだと思います。

今の状態

あれから15年。

バーストラウマがほどけた今、
気づくと以前とは
まったく違う感覚で
生きています。

「私はいてもいなくてもいい存在だ」
という感覚は、もうありません。

「存在しているだけで価値がある」
「生きているだけで、誰かの役に立っている」

それは、
3人の娘の母親だから、
というだけではなく、

ただ当たり前の感覚として
私の中に静かにあるように思います。

人間関係もずいぶん変わりました。

「いつか見捨てられる」
という不安に振り回されていた日々から、
少しずつ自由になっていきました。

ヒーリングを受ける前は、
心を許して
本音を話せる友人が
一人もいませんでした。

仕事でも、
「期待に応えなければ存在価値がない」
という思いから、
倒れるまで頑張り続けていました。

今は
多くの信頼できる仲間と一緒に、
リラックスして自分のペースで

魂の目的とも思える仕事を、
深い充実感とともに
日々続けることができています。

現在の南の島での
子どもたちとの穏やかな暮らしは、
人生で最も欲しかったものの一つです。


バーストラウマの種類と、あなたのパターンを知る

バーストラウマには
いくつかのタイプがあります。

自分がどのタイプかを知ることで、
「なぜ、こんなに苦しいのか」
という理由が
見えてくるかもしれません。

見捨てられ型

「私はいてもいなくてもいい存在だ」
「いつか見捨てられるかも」
そんな感覚が
心の底にあるタイプです。

人間関係で常に不安を感じ、
相手の態度に
一喜一憂してしまいます。

存在を否定された型

「私は歓迎されていない」
「私が生まれてきて、よかったのだろうか」
そんな感覚が
心の底にあるタイプです。

自分の存在そのものに
罪悪感を感じてしまいます。

「生きていてごめんなさい」
心のどこかで
そんな声がしているかもしれません。

受け入れられなかった型

「期待に応えなければ存在価値がない」
「完璧でなければ認められない」
そんな感覚が
心の底にあるタイプです。

常に頑張り続け、
自分を休めることが
できません。

あなたは、どのタイプに
当てはまるでしょうか。

もちろん複数のタイプが
混ざっていることもあると思います。

大切なのは、
「ああ、これが
私の生きづらさの本当の原因だったんだ」
と気づくことです。


自分でできること、専門家に頼むこと

バーストラウマを癒すために、
自分でできることは
あるのでしょうか。

身体へのアプローチとして、
呼吸法やボディワークなどは
有効です。

意識的な
自己受容の練習も大切です。

でも、バーストラウマは
言葉を覚える前の記憶なので、
思考や言葉だけでは
届かない場所にあります。

それは、バーストラウマが
潜在意識の深い層に
眠っているから。

安全な環境で、
少し特別な技術を使って
アクセスする必要がある場所です。

バーストラウマは
言葉を覚える前の記憶。

だからこそ、
思考や言葉で
届かない場所にあります。

でも、それは同時に、
癒すことができた時
人生に奇跡が起きはじめる

そんな大きな可能性を
秘めたものでもあるということです。


最後に

 

「大丈夫、私は価値がある存在」
「ありのままで愛されている」

いくら自分で言葉で言い聞かせたとしても
身体に刻まれた記憶が

「この世界は安全ではない」
「人生はつらいもの」
「頑張らないと愛されない」
 

そう反応するのは

いのちの始まりの心の傷が
もっとも深い場所にあるから。

 

だからこそ私たちは

この世界を「安全な場所」だと
心にもう一度刻み直せたとき

新しく“生まれ直す”ことができます。

 

過去を変えることは
誰にもできません。

でも
あの日小さな身体が
ぎゅっと緊張して
覚えてしまった

「怖い」という感覚に
目に見えない癒しのエネルギーが
届くとき

 

深い海の底で
泥が静かに沈み
水が澄んでいくように

 

命のはじまりが癒されて

あなたの人生で出会う、世界が丸ごと
安全で心地よい場所へと
変わりはじめるのです。

MUERA